こんにちは!高機能自閉症の長男を育てています、花緒です。本当は自閉症の分類がいっぱいあって良くわからなくなってきたから、整理した記事を書こうと思っていましたが、あちこちに情報がいろいろあってめんどくさくなってやめました。分類なんてどうでもいいや。呼び方も何でもいいや。そういうことを伝えたいんじゃなくて、自閉症の子育てで、新たに気づいたことがあるのでお話ししたいと思います。
今日の質問:アスペルガーとASDって何が違うのでしょうか?

答えは、同じだと思っていいと思う。です。

なんてテキトーな答えなんだ・・・・・
結局、自閉症だってあまりしゃべれない人からめちゃくちゃIQ高くてしゃべる人もいるわけで、感覚過敏があったり、こだわりがあったり、空気読めないし相手の気持ちもわからなくて困ったりすることもあったりするわけで。
人それぞれみんな違っているから、一概には言えないから、それまでにあった自閉症と名のつくもの、関連してきるアスペルガー症候群とかも、結局はみんな自閉症としてつながっているからまとめるね、っていうのが自閉症スペクトラム(ASD)と私は解釈しています。
呼び方とか分類とかが気になるなら、こんな感じで分けておきましょう。
小カテゴリ:高機能自閉症
小カテゴリ:アスペルガー症候群
小カテゴリ:高次機能広汎性発達障害
小カテゴリ:カナータイプの自閉症
要はザックリと、自閉傾向があるかないかでいいのでは?と思います。
あとは、コミュニケーションツールとして、会話が成り立つか成り立たないかくらいでしょう。(カナータイプの自閉症であれば、会話があんまり成り立たない)
正直、呼び方なんて何でもいいと思います。
空気がよめないことのメリットとは?

社会人になったら、空気が読めないとやっていけないって思っていませんか?人の気持ちもわからないと人付き合いがうまくいかないと思っていませんか?

私もそう思ってた。疑ってもいなかったし。
ま、8割は合ってると思う。空気が読めて、人の気持ちがわかれば、社会人としてやっていけるかもしれないですね。
でも、ストレスたまりませんか?
空気が読めて人の気持ちが分かる人ほど、周りの空気や人の感情を自分に取り込んでしまいやすいですよね。自分の感情とは裏腹に、他人の感情に影響されてしまう。
空気を読む=人の感情を察するということ
その場の空気って、多数の人が同じ感情になっているってことですよね。
誰かがモーレツに怒っていたら、その怒りに怯えている人、反感を持っている人、怒りを覚える人などの様々な感情が生まれていて、その感情がまるでグルーブしているかのようにある空気感を生みだす。
違った意味での共感みたいなものかな、とも思います。
モーレツに怒っている人に何か反論すれば、さらに怒りが増すだろうし、今度は自分が標的になりそうだし、めんどくさいから黙っていよう、みたいな感じで空気を読んだ人たちは、嫌な思いを抱えつつ、納得がいかない思いを抱えつつ、黙っていたりするとしましょう。
仕事中なら仕事は中断、勉強中なら勉強も中断、空気を読むということは、場合によっては作業が一度止まってしまうこともあるわけですよね。
さらに、空気が読めると、そのイヤな空気を引きずったまま、しばらくの時間を過ごしてしまったりすると、だんだん気分も鬱々としてきて、ストレスがたまってきてと自分の中に悪循環ができてしまったりもします。
もちろん、いい流れの空気もありますから、その流れに影響されるのはいいことなのですが、対外、「空気読めよ」って言われる場合、あまりいい流れの空気じゃないことが多いですよね。
人の気持ちがわかるから、その場の空気感もわかってしまい、自分の言動・行動を制御する。人と接する上でのマナーみたいに思っている人が大半でしょう。実際、その方がなんとなくやり過ごせますからね。
空気読めない典型例:怒っている先生に「あー、だるい」と言った長男
学校で何かあったんでしょうね。授業中に誰かが怒られたようで、先生がクラス全員に向けて怒ったときに放った長男の一言。
「あー、だるい」
たぶん、本当に長男はだるいって思ったのでしょう。自分には関係ない話で、しかも先生は怒っているし、授業は進まないし、教室を出て行ったらさらに怒られそうだし、いつまでこの怒りは続くんだろう的な感じなのでしょうね。
先の見通し(予定)がわからない、というのは自閉傾向のある長男にとってはこの上なく苦痛であり、不安要素の1つです。
「あと3分で先生の説教は終わります」と予告していたら、長男は「だるい」とは言わなかったでしょう。
ま、それが自閉症。さすがに何年も小学生をやっていたら、学年が上がるごとに、先生がクラス全員に向けて何か怒っているときは、自分は出られない、ということを長男も学んだようです。
それに自分が関係しているかどうかは、考えていないかも。自分にも怒られている内容の可能性があることなんて、きっと微塵も考えていないでしょう。
焦ったのはクラスのみんな。ヤバイって思った友達が、
「それは言っちゃダメでしょ」
と長男にツッコミを入れてくれたので、長男はすぐに気づいたようでした。
人の感情に左右されずに我が道を貫くことのメリット
友達に突っ込まれても、なんで「だるい」と言っちゃいけないのかは長男にはわかりません。家に帰ってきてから、なんでなんだろ、どうしてなんだろ、と考えてみたり私に聞いてきたりしますが、まったくもって人の感情に左右されることはありません。
なので、隣で泣いている子がいたとしても、ひたすら自分の作業を続けることができますし、先生がいくら怒っていても、長男が嫌な気分に巻き込まれることはありません。
自分が直接怒られるのであれば、また話は別ですが、他の人の感情に左右されることがないので、作業は中断しないし、思考も中断しない。
他人の感情を引きずることもないので、自分のメンタルも人に左右されることなく保つことができます。
周りのみんながコーヒーを飲むと注文しても、自分だけコーラを頼むことができますし、みんなと意見が違っていても、はっきりと伝えることができます。
何が言いたいかと言うと、『自分に嘘をつかなくてもいい』のです。
やりたいことをやり続けられる世界を持つ自閉症
さらに、人の感情や空気感に左右されないので、自分のやろうとしていることをやり続けることができます。これは、直接自閉傾向がある人のその姿を見てみないとピンとこないかもしれませんが、成功する秘訣の1つだと私は感じています。
ずっと1つのことをやり続ける、時には発展していかないこともあります。その場で立ち止まっていることもあります。全然改善しないでひたすら同じ方法をやり続けることもあります。
これに接する周りの人たちは、時に困ってしまうこともありますし、対応や対策が必要になることもあるでしょう。
しかし、だからこそわかってくること、見えてくること、できるようになることもあるような気がします。
本質とは関係のないものにひっかかっていたり、他人の目や評価を気にして、やろうとしていることにストップをかけてしまう私たちとは違う世界を自閉症の人たちは持っていると思います。
長男の成長を見てきて、小5あたりからそんなことを感じるようになりました。
誰に何と思われようと、今、自分が食べたいと思うものを食べ、心からおいしいと感じることに専念できる。そんなことすら、私は忘れていたなと気づかされたんです。
ストレスの原因は自分への嘘だと思う説


そうは言ってもね、社会では通用しないんですよ。
そりゃそうだ。大半の人が自閉症ではないこの社会で、その他大勢が空気を読み合う社会の中で、空気読まないで生きていくことは結構な勇気がいると思う。
ただ、私が思うに、ストレスの原因って、とどのつまり「自分への嘘」から始まっているんじゃないかなと思うんです。
- 食べたいと思っても、太る事が気になって食べない。
- ホントは派手な服が着たいけど、人から変だと思われたらイヤだから着ない。
- 海外に行って生活してみたいけど、親に反対されたから行かない。
- 周りの空気感に堪えられなくて役員を引き受ける→ワタシ
- 全然やりたくない仕事でも社員が困ると思ってしまって引き受けてしまう→ワタシ
- ホントは食べたくないけど「半分こしよ」と言われて食べたかったものを注文しない→ワタシ
自分への嘘って、本当にちょっとしたことだし、1個1個のことは大したことないじゃんってことが多いのかもしれないけど、ちりも積もれば山となって、そのうち自分がイヤになってくる。
私、こんなことやりたいわけじゃないのに、どうしてだろう・・・って。
そしてストレスが心を圧迫していって、鬱への道を歩き始める人もいるわけです。ワタシみたいにね。
とは言え、自閉症の人が鬱にならないかと言われたら、別の二次障害とかで可能性はあるという現実。
世の中、どこまでもうまくいかないようになっているのかしら。
振り返り

ADHDやLD(学習障害)とは少し違って、自閉症のメリットってあまり聞かないと私は思っています。どちらかというと、あれができない、これができない、っていうできないことで苦しんで困っているっていう情報が多い気がする。
私も長男が小さかった頃、正確に言えば、小3あたりまでは、自閉症だからいろいろ大変って思ってました。
パニック起こすし、こだわりがすごいし、同じ道じゃないと通ってくれないから新しい道はおんぶして成功体験を積まないといけないし、同じものしか食べないし、興味のあることしかしゃべらないし、夜寝ないし(関係ないかもしれませんが)、感覚が過敏過ぎて面倒だし、同じことを繰り返して1つのことから発展していかないし。
でも、ご飯を食べるときは、ご飯だけに集中するから、味の違いはわかるし、使っている調味料もわかるし、米の種類が変わるとわかるし、何よりも目の前の食材をおいしいと感じることに集中できるし。
自分のやり方にこだわりがあるから、周りから見れば非効率的に見えるやり方をずっとやり続けることで、それは不可能だろうと思っていたことを可能に変えた瞬間に立ち会ったときは、自分の常識を捨てようと本心から思ったし。
自閉症のメリットって結構見えにくいのかもしれません。
エジソンとかアインシュタインとかいろんな偉人が発達障害と呼ばれている中、偉人的な功績を残さないといけない、才能がないといけない、みたいに見られがちですが、実は小さくてもわかりづらくても、そこにある今を誰かに左右されることなく生きていける才能はすごいと思う。
と、3年前まで長男の子育てが大変過ぎてもう無理だと思っていた自分に伝えたいです。伝えたところで大変さは変わらないんだけどさ。
そして今、同じようにお子さんの子育てで悩んでいる方へ、気づかれにくい自閉症のメリットを伝えたい。伝えても大変さは変わらないところが難点ですが・・。
今、私はあなたを助けに行くことはできない。当時の私が迷宮入りの迷路で迷っていたように、あなたも迷ってしまっているかもしれませんね。
でも迷うからこそ気づくことがあることも確かです。一足先に迷った先にきた私は、迷った時間が無駄だったと思ったことは一度もないですし、悪戦苦闘して試行錯誤して良かったと思っています。
自閉症のお子さんを見て、共に時間を過ごすことで、振り回されている余計なものを振り落して今を生きてみるのもいいんじゃないかな。
こういう本もきっかけになると思いますよ。良かったら、読んでみてくださいね。
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