不登校を繰り返す本当の原因とは?目的がわからない子供の苦しみ

不登校

物事の本質に気づく能力がある不登校の子供たちが、親や先生の勧めで復学をしてもまた不登校に逆戻りしてしまうことがあります。登校してもまた不登校を繰り返してしまう。

おそらく本人も気づかないレベルで、親や先生の期待やプレッシャー、周りの目などの重圧を感じていることでしょう。

何よりも登校しようと決めて踏み出した一歩を、やっぱりダメだった・・・と思ってしまう自分に、本人が一番苦しんでいるのではないか?と考えました。

私は、不登校に「なる」か「ならない」かには、ある程度の法則があると思っており、その差はわずか1%だと思っています。

その1%の差で繰り返し不登校になってしまう原因は「学校に通う目的がわからないからではないか」が大きく関係していると考えました。

繰り返す不登校=学校に通う目的がわからない、この方程式が成り立つ理由を1つずつご説明していきたいと思います。

【仮説】登校と不登校のボーダーラインとは?復学と不登校を繰り返す原因

悩む男性

不登校になる子供は、物事の本質に気づける能力のある子供たちなのではないか?という仮説を立てました。詳しくはこちらの記事でおはなししています。

その中で、子供が不登校になってまで訴えたいこと、つまり不登校の理由を3つ、仮説として挙げています。

  1. 自分の命を守りたい
  2. 学校生活に納得がいかないことがある
  3. 学校に行く意味・勉強をする意味がわからない

今回、不登校について深く考えた結果、3の学校に行く意味・勉強をする意味がわからない、ということが、1.2の命を守りたいこと、学校生活に納得がいかないこと、この全てを解決すると結論づけました。

要するに、学校に行く意味・勉強にする意味、つまり目的ですね。これがわかれば、不登校になる理由がなくなるわけです。

【花緒論】不登校と登校を分ける1%の境目

学校に行く、ということ自体、いい面も悪い面もありますよね。学校に通っている子供のうち、不登校の子供は少数派です。

※実際の人数に関係なく、わかりやすく説明するために図を作りました。学校に通っている子供の人数比ではありません。

よくわからないけど学校に通っている、行かない選択肢を知らずに通っている、という子供も含め、学校に行く悪い面よりも若干いい面の方が上回っている子供は、問題なく登校しています。

そして、学校の悪い面や不満も結構あるけど、世の中そういうもんでしょ、と半ばあきらめている子供も含め、大きなきっかけがあれば不登校になってしまうリスクのあるグレーゾーンの子供たちも、ギリギリ登校しています。

不登校の子供たちは、このグレーゾーンの子供たちより、たった1%、学校の悪い面が上回っているだけなのではないか?と思ったのです。

ここまではなんとか我慢できたけど、あと1個嫌なことやネガティブな気持ちになったら、もう学校に行かない、行けないと思ってしまう。

不登校の子供を復学させるためには1%を解決すればいいという問題ではない

それなら、あと1個、いや2個、なんなら3個解決すれば、不登校の子は学校に復学するのか?というと、そういうことではないと思います。

先程の図は、あくまでも学校に通っている子供たちの中で、不登校になりうるリスクがある子も含めた不登校の子供との境目を表したものです。

これは、学校に通う子供であれば、誰しも持ち合わせているバロメーターのようなもの。だから、学校に行きたい日もあれば、行きたくないと泣きわめく日もあるわけです。

「学校に行きたくない」と訴える子供の中にも、本当に行けないレベルの子供と、昨日友達とケンカしたから学校に行きたくないレベルの子がいますよね。

親にはこの「学校に行きたくない」に含まれる本心をくみ取る力が必要になるわけですが、本当に学校に行けないレベル、つまり先程の図で言う不登校に属している子供たちは、1つ解決してもまた1つ嫌なことや悪いことが発生するので、結局チャラになり不登校を繰り返してしまうのです。

いくら親や先生が不登校の子供が嫌だと思っていることを解決したとしても、また別の嫌なことが浮上した場合、1%の差で不登校に逆戻り。もぐら叩きゲームと一緒になってしまいます。

子供が自分で解決しない限り不登校は繰り返すという仮説

不登校になっているのは子供。親や先生じゃない。

だから、不登校を解決できるのは、そもそも論で大人ではないと思うのです。ここが、不登校について話す上で、重要なポイントとなる部分ではないかと思っています。

親や先生が、カウンセラーなどの大人が解決しようとするから、子供は不登校と向き合うこと機会も持てていないのかもしれません。

問題は、その子供本人が動かないということ。さらにはメンタルに影響が出ていて動けないということ。これでは子供本人が不登校の問題を解決できるはずはありません。

しかし、私が考えた不登校についての考えは、ここで手詰まりではありません。むしろ、ここからがスタートになります。

冒頭でも述べておりますように、学校に行く目的がわからない・勉強する意味がわからない、だから不登校になる、という仮説を元におはなしをすすめていきますね。

目的がわからず学校に通う子供の苦しみとは?ゴールのない道のりを進み続ける苦悩

海を見る子供

学校に行く目的、勉強をする目的。それを子供に問われた時、大人は将来のため、お金を稼いで生きていくため、と答えるでしょう。

私も同じことを答えますし、将来のためであり、お金を稼いで生きていくために学校に行き勉強をすると思います。

ん?目的はちゃんとわかっているじゃないか、と思いますよね。

将来のため生きるために学校に行き勉強することと現実との矛盾

ではなんで学校なの?なんで勉強なの?と子供に問われた時、どう答えるでしょうか?

学校がない国に暮らす人達は、学校に行かずとも生きていますし、勉強していなくても生きています。生きていくために学校で勉強をしなければいけないのであれば、学校に行けない子供は死んでしまうのでしょうか?

そんなことはありませんよね。募金のテレビでも学校がない、水道がない、といいつつ、みんな生きていました。衛生面や生活面での不便から、命を落としてしまう子供がいる中で、生きている子供もいることを私たちはテレビで見ているので知っています。

実際に不登校になっている子供たちは、ちゃんと家で生きていることを知っています。

さらに、インターネットが普及した現代では、オンラインでいくらでも勉強ができますし、本からもたくさんの勉強ができることを私たちは知っています。

あれ?なんで学校に行かないといけないんだっけ?と矛盾に気づく子供がいます。それを説明できない大人がいます。

学校に行く目的を考えずに子供時代を過ごした大人たち

戦争もない平和な現代に生まれた子供が大人になり、子供が生まれて命がつながっています。その中で、特に疑問に思うことなく時期がきたら学校に通い、先生や親に言われるがままに進学・就職して大人になっていた人たち。

ベビーブームやら受験戦争やらたくさんの競争社会の中で生きてきた大人が多く、人よりも一歩抜きんでることを望まれてきた世代ではないかと感じています。

そんな人たちが大人になり、自分たちでお金を稼いで生きていく段階に差し掛かり、子供が生まれ学校に行く意味を問われた時、「なんで学校で勉強するんだっけ?」と考えてしまうと思うんですよね。

学校に行かないと進学できない、就職できないと言われて勉強してきたから、学校に通う意味まではよく考えていなかったのかもしれませんし、インターネットが普及する前は学校に行くことで勉強ができると思っていましたから、学校に行っていたのでしょう。

時代は過ぎ、現代を生きる大人は、インターネットでいくらでも勉強できてしまう現状をわかっていながら、学校で勉強しなければいけない意味も目的も、わからなくなっているような気がします。

目的をわかっていない大人が子供を学校に通わせる理由

大抵の大人は学校に行く目的がよくわからないまま、自分も学校に通い、子供も同じように学校に通わせています。

なぜなら、今まで生きてこれたから。

今の人生に満足しているかどうかは別として、学校に行き、進学して就職したら、死なずに生きてこれたんです。

人が生きる目的は「死なないこと」。死なないように生きていくために、私たちは毎日を過ごしていきます。だとすれば、学校に行った大人たちは死なずに生きてこれたので、自分と同じように子供を学校に通わせようとします。

学校に通う目的をわかっていない大人が考える将来につながる目的の作り方

学校に通う目的は、大人もよくわからないので、そのまま学校に通わせます。

  • 将来のため
  • お金を稼いで生きていくため

将来のため、と言われても当然ながら未来を知らない子供が将来のことをわかるはずはありません。

  1. ヒーロー
  2. 憧れの職業についている有名人
  3. 伝記に出てくる有名人

この辺りのことを、本やテレビなどで知識として子供に教え、目指すモデルとして近づく努力をさせます。

そして、夢を持てない、努力していないと子供に文句を言うのですが、そもそも論でこれらの4つのリストに入るようなものを、親は叶えたのかと言いたくなるのが不登校の子供たち。

そんなピンポイントで成功している人ばかりを理想に持ったとしても、現に親がこのレベルに入っていないわけです。

さらに言えば、その他大勢でもある普通の暮らしを目指したって十分に生きていけるわけですよね。だって現実に今、生きているんですから。

生きていけているじゃないか、と矛盾に気づいてもおかしくはありませんよね。

今のつながりが未来を作ることを忘れた大人たち

結局、今やっていることがつながって未来になっていることを、大人が忘れてしまっているのでしょう。

なぜなら、学校に行く目的、さらには生きる目的「死なずに生きること」を意識しなくても、生きているからです。

目指す目的がないままでも生きてこれてしまったから、目的が見えなくなってしまった。

目指す目的が見えなくなってしまっても生きているから、きっと大丈夫なのだろう。というあやふやな状態。

あやふやな状態なので、問題が起きた時にどちらに進めばいいのかわからなくなってしまうのでしょうね。

本質的に必要なことに目を向けず、もぐら叩きのように目に見えて出てきているところを取り除こうとしているように、私には思えます。

もののけ姫でいうところの、タタリ神のヘビのようなウネウネを一生懸命手で払っている感じ。いくら払っても払っても、タタリ神がタタリを起こしてしまった原因をなくそうとしないから、表面のウネウネを取り除くことでいっぱいいっぱいになっている感じですね。

目的がわかれば自分で解決するものを取捨選択できる

そのような大人たちでは不登校になっている子供の理由もわからないのかもしれません。

なぜなら、親や先生などの大人は、子供は学校に行くものという固定観念を持っていますし、学校に行くことの目的を見出すこともできない。

進むべき方向がわからない大人が、子供にどう進めばいいのかを示唆する事は難しいでしょう。

親子で迷子になっている、先生と生徒で迷子になっている、子供は人生の迷路で迷子になっている、そう考えた時、目的がわかれば進むべき方向がわかってくるので、前に進むことができるようになりますよね。

学校に行く目的・勉強する目的は「死なずに生きるスキルを身に付けること」

学校に行って勉強する目的は「死なずに生きるスキルを身に付けること」です。本来であれば、義務教育である中学までの学校の勉強+進学での勉強で、生きるスキルを身に付けられるはずなんです。

学校生活の中で、勉強する中で、何が生きるスキルにつながるのかを常にリンクさせて考えることで、生きられる確率は上がります。

それがわかっていたら、学校で何を勉強すればいいのかわかりますよね。親や先生が解決してしまうことの弊害はここにあります。

生きるスキルは子供本人が身に付けなければいけないのです。自分で生きていけることをより実感できた方が、生きられる可能性が上がるわけですから。

つまり、「死なずに生きる」というゴールに向かって、自分で目的を達成する手段をつかみにいけるようになるということです。友達に流されるのではなく、親に勉強しなさいと言われるのではなく、自分で必要だと思う勉強を身に付けていけるのです。

ちなみにここでいう勉強とは、教科書に書いてある知識面だけではありません。人間関係や給食掃除などの生活面、目上の人への対応や協力すること、定時に起きて毎日同じ場所に通うということなど、さまざまな体験と経験をすることを勉強と呼びます。

ここを目指すことで、子供は大人に解決してもらうのではなく、自分で解決していこうとする意志を持つことにつながります。目的がわかっているから、目的を達成するために時間を過ごすことで、自分は死なない道を進めるからです。

振り返り|まず大人が学校に行く目的・生きる目的を意識することからスタート

大人の手のひらに手をあてる赤ちゃん

これまでの子供や大人は、平和に生きてこられたために「生きる」ということに重点をおいていませんでした。

病気になったり、親族が亡くなって初めて、人の死の意味がわかるのでしょう。

たくさんの情報が共有される中で、人は死ぬということ、そこまでわかっていながら、死なないために生きるスキルを身に付けて生きている人はどれだけいるのでしょう。

もし、人々がみんな、死なずに生きていくためのスキルを毎日身につけようと努力していたなら、人にマウンティングをしたり、人をいじめている暇はないと思うのです。

なぜなら、人間は集団で生きているからです。結局は、人と一緒に生きる方が安全だからです。スキルを身に付ける努力をせずに、他人を落としてまで自分が這い上がろうとするのは、生きる目的を見失って不安なのかもしれません。

だからこそ、人生の目的をしっかりと意識し、そのためのスキルを身に付けるために学校で勉強すればいいと思うのです。

知識としての勉強はどこでもできますが、集団で生きる事の知恵や工夫は、家より学校の方が断然に上だと思います。

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